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佐野藤右衛門「桜のいのち庭のこころ」(草思社1998)より抜粋

~・~・~・~・~・~・~・~

「つくった庭というのはずっと見てやらなあきませんわ。
 みなさんはこれを手入れするといいますな。
 手入れをするからあきまへんのや。守りをせなあきまへんのやわ。
 
 守りをするというのは、子守でもそうですけれど、
 子供の性格がわかるから守りができるんです。
 手入れというのは散髪するようなものです。
 きれいに切りそろえたらいいんですから。
 それはそのときだけよければいいということですやろ。
 
 わしらの仕事はそうじゃない。
 性格がわかって、こうしたら、こう育っていくやろということを知って、
 守りをしながらやっていく仕事です。
 初めの一回だけつくって終わりというんじゃないんです。

(中略)
 
 手入れと守りの違いですか。
 守りというのは、さっき言うたように、
 相手がわかるから守りができるのですわ。
 相手がわからないものは守りができない。
 どんな場合で絶対できません。
 
 医者の世界もそうですやろ。
 昔の町医者というのは、そこの親のことから家庭環境、
 食いものまで知ってましたわな。
 ですから、ぐあいが悪くなっても、その子のことはよう知ってましたわな。
 だからこうしたらいいと言えますのや。それが守りですわ。
 
 今は病院へ行くだけでしょ。
 まず医者は患者がどんな人間か知りませんわな。
 ましてや家の環境や、毎日どんな食いものを食べているか
 なんてことはわかりませんから、機械に頼って判断するだけですわ。
 
 これがいわば手入れですわ。
 だから、機械に出てくるものはわかるんですけど、
 出てこないものは見逃してしもうて、手術しても失敗するんですわ。
 ですから、病気が悪うなってきても、
 「あそこに名医がいるから、あの病院へ行こう」
 というのもまずおりませんわな。
 「いい機械が入ったらしい、あそこで診てもろうたらいい」と、こうです。
 
 生きものはやっぱり守りですわ。
 守りと護りと、また違うしね。
 護りというのは自然保護に代表されるように保護ということですわ。
 
 この護りというのには辛抱がないですわ。
 自然保護やとか言うてる人間は、
 今あるものを保護するのやから辛抱がないですわ。
 木は寿命があって、なくなっていくんです。
 そういうのは保護のしようがあらへん。
 こういうことは、守りをしていたらわかるんです。」

~・~・~・~・~・~・~・~


この文章に、私の庭守としての原点があります。
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Thoughts on スポンサーサイトHP作成中~②「庭は手入れでなしに守りですわ。」

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